関係と比較

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関係と比較

当初から「優位」な外交をするのが目的である。そしてこれに対抗する行為は一切認めない。認めたら外交戦略の基底が崩れるからである。

だから南京の数字を指数的に増やしたり、慰安婦を取り出したり、「靖国」「戦争犯罪」をベースにどんどん砂上の楼閣を積み上げようとする。
彼らにとって当然の戦略である。 その援護射撃をしたいのかどうか知らんが、マスコミはこうした「友好」を心配する声を多く取り上げている。
あたかも靖国参拝が罪であるかのように。「友好」とか「人道」とか出せば何でも許されると思っている浅はかな報道は心底嫌になるがそれは本論の主題ではない。 国家間の関係と比較したら企業であれ、文化団体であれ、個人の付き合いであれ、すべて「個人的な行為」である。この「個人的な行為」が国家間の争 いによって阻害されると心配しているのが上記記事の取材対象であろう。
しかしそれは「その程度」の関係なのである。こちら側が「靖国」を譲らないか、相手 が譲らないか、それで関係が壊れるなら「ああそうですか、じゃさよなら」である。