深い議論

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深い議論

朝鮮通信使の一行は五百人以上で、相当に華やかなものだったらしい。

日本の側も、雨森芳州などは朝鮮語もマスターしていて、通信使と相当に深い議論ややりとりをして、友情を育んだとのこと。
国と国の交流の背後には、そういう個人個人の交流があって、そういうのがお互いの円滑な交流を支えていたのだろう。

そういえば、おととい、たまたま中国からの留学生と話していたら、阿倍仲麻呂は中国の歴史の教科書でもけっこう大きくとりあげられていて、皆ちゃんと習うと言っていた。

日本にとっては阿倍仲麻呂は重要だけれど、中国にとってはそれほどでもないのかなあと思っていたし、わりとあちこちの国からいろんな留学生が唐に来ていたから、阿倍仲麻呂みたいな存在はめずらしくない存在なのかなあと思っていたけれど、阿倍仲麻呂ほど外国人出身で信頼されて出世した人は唐の歴史でも異例のことだったそうな。

考えてみれば、ほんのひと時のいさかいの他は、日本と韓国と中国は、おおむね長い間とても良好な関係があったし、それを支えた多くの民間の交流や個人個人の交流があったわけだから、あんまり過去の一時期にのみ反応して、長い目を忘れて、相互に反発の感情ばかりつのらせるよりは、そうした友好の歴史も大事に振り返り発掘することが大事なのかもしれない。

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